野麦峠


野麦峠駐車場
 7月も終わりになると猛暑真っ盛りです。
暑い暑い下界から脱出したくなります。そこで休みになるとどうしても○○と煙のように高い所へと行きたくなります。
 というわけで今回は標高1,672bの野麦峠をめざして車を走らせました。

 富山から国道41号線で高山に向かい高山からは国道361号線を走り美女峠を越え高根村に入っていきます。
 高山からはほとんど単調な山道が続きます。
そしてヤナギランの花が見えてくるとそこはもう野麦峠のそばになります。

 さて、この野麦峠というと「女工哀史」「ああ野麦峠」という作品で知られています。映画「ああ野麦峠」では大竹しのぶさんが主人公のみねを演じたのを記憶している方も多いと思います。

 明治から昭和初期にかけて飛騨地方の若い娘さん達が古川・高山などの宿に集められ信州の諏訪の方まで製糸工場の女工として働くために歩いた道中の難所がこの野麦峠です。

ヤナギラン
 みねやその友は岐阜県の河合村の出身だったそうです。そんな遠い所からこの峠を越えて行った先の諏訪の工場ではそれこそ過酷としか言いようのない労働が待っていました。

 今回私はもちろん車でこの道を走りましたが、それでも細くくねくねとした山道は険しく運転さえも大変でした。当時はそれ以上に道とは言いがたいくらいの辛い険しい道で古川・高山から諏訪まで3泊4日かけて歩いたそうです。
 
当時多くの若い娘さん達はどういう思いで歩いていったのでしょう。 今のその年頃の子と比較するとあまりの環境の違いに生まれた時代の非情さを感じざるを得ません。

 製糸工業というと富国強兵をめざした明治期の殖産興業の一役を担いその製品は輸出の中心となり外貨を大いに稼いだようです。
そう言った意味でもそのことが我が国の発展に寄与したことは言うまでもありません。
 

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政井みねの碑
その10代20代の若き娘さん達の一人一人の努力と犠牲は尊く忘れてはならない歴史ように思います。

 みねは厳しい労働条件の中病に倒れ兄の背負われ峠を越え飛騨に帰る途中、「ああ飛騨が見える」と言って息途絶えたそうです。

野麦峠の駐車場のそばにはその兄妹二人の銅像があり、駐車場より続く遊歩道を登ったところに「政井みねの碑」が建っていました。
 駐車場の奧にはお助け小屋が復元されており食事や宿泊が出来るようなっています。
また他に売店もあり五平餅やみたらし団子が焼かれていました。

施設としては隣に「野麦峠の館」という民俗資料館があります。

お助け小屋

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 しばらくこの辺りを散策した後、長野県の奈川村から乗鞍沿いに安房峠、平湯、神岡、富山という順序で帰宅の途につきました。   おわり。

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(2001年7月30日岐阜県高根村)
これは明治から昭和初期にかけて多くの若い娘さん達が諏訪の製糸工場で働くために歩いた道です。