狐山古墳の彼岸花

(2,000年10月2日加賀市狐山古墳)

前日の朝刊に下記の様な記事が載っていました。

彼岸花燃える紅色

 加賀市二子塚町の国指定史跡「狐山古墳」で約1、500株のヒガンバナがほぼ満開となり、燃え立つような鮮やかな紅色の花が加賀路に秋の深まりを告げている。
 彼岸花の群生は古墳が出土する前の明治時代、モグラ対策として住民が植えたのが始まりとされる。狐山古墳保存会の会長によると、今年は渇水の影響もあって本数は例年の半分以下となったが、一面に咲き誇る光景が散策の市民の目を楽しませている。
ヒガンバナは10月上旬まで楽しめる。

(北國新聞10月1日朝刊より)

 

 いろんな花を追う身としてはこれは行かずばなるまいと、ちょうど定休日なので加賀市の方まで車ですっ飛んでいきました。ところが古墳らしきものはなかなか見あたりません。何回も車を止め地図を頼りにウロウロしました。間近に来ているのを示すかのようにここら辺は田圃のあぜ道や川の土手などにヒガンバナがあちこちで咲いていました。
 やっとの思いで探し当てると、プロのカメラマンらしき人が機材を据え付けて撮影していました。こちらは馬鹿チョンのデジカメでちょっと気恥ずかしくはありましたが、早速写真をとりました。ヒガンバナは真っ赤に燃え立つように咲いているので、たとえ数輪しかなくてもすぐ目に付き発見もしやすいです。それが群生しているのでそれはそれは素晴らしくものでした。

 私が車を路肩に止めると、他にも止めて見学してする人が次々に訪れていました。「やっぱり、新聞に載せるだけのことはあるね〜」と話している人もいました。やはり新聞の効果は大きいようです。ひっそりと静かな田舎も騒然としたと思います。

 さて、この古墳の紹介もしておかなければ古墳の中の人に申し訳ないので下記に

 狐山古墳は国指定の史跡となっており、長さ54bの前方後円墳で、5世紀代の築造と推定されています。後円部にあった箱式石棺には壮年の男子が葬られており、中国風の神獣鏡、鉄製の甲冑・刀・鉾・鏃などのほか、玉や銀製の帯金具が副葬品として出土したそうです。その豊富な武器からみて、強大な政治力と軍事力を備えた王者の姿がよみがえります。副葬品の多くは東京公立博物館に保管されています。

   
 さて、狐山古墳の近くに法皇山横穴古墳群があります。この古墳近くにも多くのヒガンバナがありました。
ヒガンバナは曼珠沙華(まんじゅしゃげ)とも呼ばれています。お彼岸に咲くから彼岸花。また葉は花が終わってから出ます。ですから「まず咲く」「真っ先に咲く」の音に仏教の「曼珠沙華」の文字をあてたという説があるそうです。