臥竜桜と飛騨の春

(2001年4月23日)

 今回は岐阜県大野郡宮村にある国指定天然記念物「臥竜桜」を見に行くことにしました。
岐阜県には「根尾村の薄墨桜」「御母衣湖畔の荘川桜」「宮村の臥竜桜」という桜の名木があり、それを岐阜の3大桜といいます。
 この3大桜を見てみたいと思ったのは昨年の春でした。もちろん石川県にも桜の名木は沢山あります。しかし、樹齢、大きさなどの点でこの3大桜に匹敵するものはないと思います。
昨年は「根尾村の薄墨桜」を見ようと出かけたものの、途中道が通行止めになっており相当迂回して行かねばならず、時間的にあきらめざるを得ませんでした。しかたなく「荘川桜」を見に行くことに変更したものの、行ってみるとまだぜんぜん咲いていませんでした。

 自分が見たいと思う桜をその見頃に見ることはとても難しいです。天候とそして仕事の休みが見頃と一致しなければチャンスはありません。また何よりもそれを見に行こうという意欲も必要です。

 一週間前も福井県勝山市の弁天桜を見に出かけました。ところが、花はほとんど散っていました。ほんの2,3日満開から過ぎただけでしたがやはり桜は咲くのも散るのもアッという間です。人の都合にあわせ待ってくれない花です。

 私はそんな花であるからこそ無性にその一瞬の華やかな姿を見たくなるのです。
特に日本人は桜を特別な花と見ているのではないでしょうか。人生の節目を感じる花、人生に置き換えて見る花、そんな風に無意識に感じているのではないかと思います。

 花見シーズンになると良く目にするのが、体の不自由なお年寄りが車椅子に乗って、また付き添いの人に手をひかれながら歩いて花を愛でる姿です。
それまでにして花を見たいという気持ちになるのは他の花にはないような気がします。

 毎年、春が来て「あ〜今年も桜が見られて幸せだ」と感じ、来年もまた健康で見られるようにと願う、そんな日本人的情緒を持って生まれた花ではないかと思います。


 さて、前置きが長くなりましたが、今回ちょうど見頃、休み、天候が合致した桜が臥竜桜でした。
この情報はインターネットおかげです。毎日のように桜の開花状況を教えてくださるサイトがあり、確信を持って出かけることが出来ました。

臥竜桜

 金沢を9時前に出発して北陸自動車道にのり富山インターまで車を走らせました。富山からは国道41号線を神岡、高山へと南下しました。臥竜桜は高山を過ぎて約5キロほどの宮村にあります。JR高山本線の「ひだいちのみや」の駅に隣接した公園に咲いています。

 駅の駐車場に車を止めると、まず駅舎内に入っていき線路を歩道橋で渡りました。
するとそこは公園で息を呑むようなスケールの大きな桜がありました。

 国道41号線には案内も出ているし、駅に着けばすぐに桜が目に飛び込んでくるので、誰でも迷わずに行けると思います。

 

歩道橋から見た臥竜桜
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竜が臥した姿

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             臥竜桜

樹種 江戸彼岸桜
樹高 20b、目通り 6.84b
    4月下旬に開花する

樹齢 一千余年で岐阜県下で薄墨桜に次ぐ第2位の古木

国の天然記念物指定
      昭和48年5月26日

この老木は竜が臥しているように見えるので名が付いた

 しかし、樹齢1000年以上と言うと気の遠くなる話です。
私はいったいどんな時代だろうと想像してみました。「いいくに(1192年)造ろう鎌倉幕府」「鳴くよ(794年)ウグイス平安京」と学生時代覚えた年号を頭の中で思い出していました。ということは平安時代だったと言うことです。平清盛、源頼朝よりも前に生まれたなんとも長生きの木です。

 この木はいろんな歴史と人々を見てきたことでしょう。桜以外にも樹齢の長い木は多くあります。しかし、桜は他の木と違いいつの時代でも人々の目を楽しませ、また人々もこの桜にいろんな思いを持って眺めていたと思います。

 このように、私が桜にひかれる一つの理由は桜に大きなロマンが感じられるからです。
 桜は長生きするので丈夫な木だと思われがちです。しかし、枯死することが多いようです。長生きしているのはむしろその時代、時代の人々の桜を愛する心がいつまでも後世にこの桜を残していこうと手入れを十分にさせたからに違いないと思います。

 この桜は伊勢湾台風の被害を受けたそうです。
今は支柱などいろいろと手入れがしてあります。
いつまでも無理矢理に生かされて哀れに思う人もいるかもしれません。でも、人々はこの偉大な桜を自分たちの時代で死なせてはならないと努力し後世に残そうするのも当たり前です。
 ですから、この老木を感謝しながら眺め、そして自分の心をいやしてもらうのがこの生きながらえた桜に対する礼儀ではないでしょうか

歴史を物語る幹
 
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幹の根元に墓があります
 
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 ちょっと余談になりますが、前日いつものように兼六園へ行ったとき名木「兼六園菊桜」を脚立に乗って観察、手入れしている係りの人がいらっしゃいました。その方がある方と話されているのが耳に入ったのですが、毎日のように桜の花の大きさ、花つきなど細かく観察して注意を怠らないようにしないとうまく育たないそうです。

 ただ単に綺麗だと見ている桜ですが、影には人の努力があります。特に名木と言われ歴史を重ねる木は多くの人の努力の結晶でもあると言えると思います。


 この桜にもいろいろと歴史があるようで、戦国時代のものらしい墓がこの桜の下にありました。
 この日は最高の見頃だったので月曜日でしたが学生、幼稚園児などの団体も含めて沢山の人が訪れていました。私はしばらくのあいだ数人のカメラマンの中に混じって写真を撮っていました。天気も良く素晴らしい写真日和でしたが、この桜は私のカメラに納めきれないほど偉大で見事でした。プロのカメラマンでも桜を撮るのは難しいと聞きます。ですから、当然私はこの桜を写真でうまく表現することなんてまだまだです。

 今年はこれで3大桜の一つを一応クリアしました。来年以降、もっと写真の腕を磨いて次の桜に挑戦したいと思います。

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さて、お昼も過ぎお腹もすいてきたので桜と別れ高山の方へ名物「高山ラーメン」を食べようと国道41号線に引き返すことにしました。


その2へつづく